2003年10月29日
チョコ8か月と7日
 昭和記念公園で楽しく遊んだ3日後、信じられないことが起こった。突然チョコが目の前で亡くなったのだ。

 前日の夜11時ごろ、ふと気がつくとチョコが円形ベッドの中で、仰向けで手足をばたばたさせていた。普段のチョコは、決して仰向けには寝ない子なのだ。初めは夢でも見ているのかと思ったが、何か違う。すぐにチョコの名を呼ぶ。と、チョコは眼をさまし、通常のうつ伏せでうずくまった。 表情はさえない。眠すぎるのか、具合が悪いのか・・・明日の朝、具合が悪そうだったら病院へ連れて行こう、ということで、その晩は休んだ。

 翌朝目覚めると、チョコはいつもの通り元気だった。いい子でご飯を完食し、元気に遊び、お昼寝をした。お昼過ぎにも、起っきして、遊び、サークルの中でねんね。
 午後4時半ごろ、様子を見ると、起きて、中でお座りして首をかしげていた。出してくれるのかな。という期待を込めた眼でこちらを見ていた。「もう少しねんねしていてね」と声を掛けて、外出した。 お土産に縫いぐるみを2つ買って5時半ごろ帰宅。ひとつはクマさん、もうひとつはお星様。

 チョコはサークルの中で、お座りして待っていた。いつものように、首輪をして、リビングに出してあげると、買い物の荷物に興味津々で近づいて来た。2つのお土産のうち、お星様の縫いぐるみを渡した。
 チョコはそれを嬉しそうに受け取ると、いそいそと、1,5Mほど先の自分のソファにくわえて行った。その後姿を眼で追いながら、気に入ってくれて良かったと思い、思わず微笑んでしまったのを覚えている。そして、次の瞬間・・・悲劇は起こった。

 くわえていたお星様の縫いぐるみを、ポタッと口から落とし、ソファを嗅ぐしぐさをした。縫いぐるみをあまり気に入らなかったかな?と、ふと思った瞬間、チョコは後ずさりするような形で、ドサット音を立て、頭から仰向けに倒れた。そして、きゃ〜ん、と悲鳴のような声で、一声鳴き、眼を開いたまま、前足で2,3回もがき、そのまま動かなくなった。その間、全部で1秒位。チョコは眼をかっと見開き、呼吸も心臓も止まって、ウンチが出ていた。
 びっくりして駆け寄り、チョコちゃん、と呼んでもゆすっても、動かない! 気が動転し、パニックを起こしながら、近所でかかりつけの病院へ電話し、車で連れて行く。しかし、抱き上げた時、チョコの身体はすでに、ぐにゃりとしていた。
 病院では、先生方が総出で蘇生術を行ってくれた。しかし、チョコが生き返ることは無かった。

 チョコが死んじゃった。チョコが死んじゃった。チョコが死んじゃった・・・

 ショックで、突然すぎて、目の前で起きた現実を受け止めることが出来なかった。死因は不明。司法解剖はしなかった。助かるなら手術もするが、亡くなった小さな身体にメスを入れるのは、可哀想過ぎた。1週間前に通院した時には何も問題が無かったのに。わからない・・・

 そのままチョコを連れて帰宅。ダンボール箱を開くと、病院の方が、チョコの耳の後ろに青い髪飾りを付けてくれていた。有難かった。チョコの体はまだ温かく、可愛い顔で、ねんねしているようにしか見えなかった。
 近所の方が、すぐにお花を持って、駆けつけ、泣きながらチョコを撫でて下さった。チョコの為の涙が有難かった。その晩は、二人で代わる代わるチョコを撫でたり、話しかけたりして過ごした。

 翌日の午前中に、チョコは火葬された。まだ、子犬だったため、骨はとても小さかった。そうだ、8ヶ月になったばかりの、まだ子供だったのだ。遺骨はそのまま、家に連れて帰った。小さくて甘えん坊のチョコを、亡くなったからといって、突然一人ぼっちにして、置いてくる事が出来なかった。じっくり考えたわけではない。気が動転した中でのとりあえずの判断だ。

 何もかもが、あっという間に過ぎた。夢を見ているようだった。ただ、現実にチョコのいない空間が残った。家にいても、近所を歩いても、チョコと過ごし時間や姿が、よみがえり、そのつど、チョコのいない現実を突きつけられて、いたたまれなかった。これが、ペットロスか・・・

 チョコの死の原因を探して、ああでもないこうでもないと、考えた。パグ脳炎だったんじゃないか、心臓に欠陥があったんじゃないか、ドッグランではしゃぎすぎたからじゃないか等・・・
 自分を責める気持ちでいっぱいにもなった。毎晩夢を見た。自分が、人工呼吸をして、チョコを助ける夢だ。あの時自分がもっとしっかりして、応急処置をしていれば、チョコは生き返ったんじゃないか。前の晩、様子がおかしかったのだから、翌朝すぐに病院へ行っていれば助かったんじゃないか。チョコに他にも兆候があったのを見落としたんじゃないか・・・ 死因がわからないだけに余計にぐるぐると、考え続けてしまった。

 そして、チョコは幸せだったのかという疑問も浮かんだ。 周りの人々は、こんなに大事にされて、チョコちゃんは幸せだったよ、と言ってくれる。しかし、しつけで、結構きびしくもしたし、ご飯もたっぷりとはいえなかった・・・ でも、チョコは甘えん坊で、よくなついていたし、自分達にとってかけがえの無い存在でとても大事にしてきたつもりでは有る。だから・・・ チョコも幸せを感じていてくれたかもしれない・・・
 でも、やっぱり自分の至らなさがチョコの死を招いたんじゃないかなどと、堂々巡りのマイナス思考の渦の中に、しばらくいた。考えてもチョコはもう戻らない。

 そして、最後に残ったのは、チョコがいなくて淋しい、という素直な思いだった。同時に、チョコに対する感謝の気持ちで一杯になった。チョコと一緒にいれて、本当に幸せだった。チョコと出会えて、犬嫌いだった自分達が、それまで知ることの無かったすばらしい時を過ごせた。チョコには言葉では言い尽くせないものをたくさん与えてもらった。チョコのぬくもりは、一生忘れない。

 チョコを見送った数日後、写真のチョコを連れて海へ行った。つい先日、海へ行こうとして雨で引き返し、結局行かれなかった、鵠沼の海だ。
 その日は天気も良く、暖かだった。サーフィンをする人、散歩をする人などで、結構にぎわっていた。夕方になると、散歩するわんちゃんの姿が目立ってきた。はしゃいで、海の中に入るわんちゃん、恐くて砂浜の中ほどで座り込む大型犬、一心不乱に砂をけって穴を掘る子・・・
 チョコはどんな反応をしただろう。パパさんがぽつりと言った。「あと一週間、生きていたら、見せて上げられたのにな。」

 ある日、夢を見た。夢の中で、チョコがピンク色の雲のふとんに抱くようにくるまれて、天に上って行った。とうとう天国へ行ったんだな、と思った。ほっとすると同時に、寂しさが増した。

 少し、時が経ち、改めてアルバムをめくると、チョコの笑った顔、微笑んだ顔、甘えた顔、安らいだ顔・・・が、そこにあった。その顔に癒された。
 チョコの死因が解らないだけに、自分達のせいかもしれないとの思いは、今も消えずに有る。チョコに対して、至らぬこともたくさんあって、心残りも有る。でも、チョコが楽しかったり、安らいだり、甘えたりしていた時間も、確かにあったんだなぁ、と思えた。幸せを感じていてくれたかも知れないと、少しだけ思うことが出来た。


 チョコちゃん、パパさんとママさんは、チョコと一緒で幸せだったよ。これだけは、自信を持って言えるよ。
 チョコが8ヶ月になるまでの、短い時間だったけど、中身のぎゅっと詰まった、幸せで暖かな時間だったよ。チョコちゃん、ウチの子になってくれてありがとうね。
 天国では、お兄ちゃんやお姉ちゃん達に可愛がってもらって、楽しく過ごしてね。一人ぼっちじゃないから安心してね。大好きな原っぱで、思い切り遊んでね。
 チョコは死んじゃったけど、これからもずっとウチの大切な子だよ。ありがとう、チョコ・・・
チョコのいない家にいるのが辛くて、毎日外に出た。
チョコとの思い出が無い場所へ逃げ出した。
でも、チョコのために、いつも何かしていたかった。
海へ行ったり、花瓶や、写真たてを買ったり・・・
チョコの回りを、チョコの好きだった花や緑で一杯にした。
花束を胸に抱えると、チョコを抱っこしているような気がした。
それでも、寂しさはどうにもならない・・・
お花や葉っぱが大好きだったチョコのコーナー
海へ来たよ これが海だよ。
こんな風に、砂浜にお座りして海を見たろうか。 夕日がきれいだね・・・
ありがとう、チョコ。
チョコの可愛くて、お利口な顔が、大好き。
天国の原っぱで、思い切り駆け回ってね!
火葬場の受付で、同じチョコという名の13歳のわんちゃんと隣り合った。不思議な巡り合わせだ。
チョコおねえちゃんに連れて行ってもらえば、迷子にならずに天国へ行けるね。